十文字中学・高等学校同窓会 公式ウェブサイト
会報47号より
(2009年03月01日)

生徒会設立へ (昭和25年頃)

当時、社会科を担当していた後藤先生が顧問となり、生徒会設立準備委員会が発足。生徒の中から規約起章委員が出来ました。 すでに生徒会活動が行われていた 開成高校や本郷高校の生徒会を準備委員会が訪問し、話を聞いたり、全国の生徒会の規則等の資料を参考にたりしながら審議を重ね、昭和25年3月に原案が出来ました。そして遂に、同年4月に中央委員会が誕生したのです。

準備委員会委員長として活躍し中央委員会を作り上げた初代中央委員長の高3回梅、梶浦知子(森)さんに話を聞きました
「当時は、生徒会がどのようなものかも分からない中で生徒会の規約や予算編成を一から作り上げる作業は大変でしたが、生徒が中心になり朝会などの運営をする中で盛り上がりをみせ、この年に初めて秋の大運動会を、生徒自ら主催し運営することが出来ました。一同張り切って無事に乗り切り、先生方から、お褒めの言葉を頂いたことを覚えています。生徒会が出来た事により、友人関係や学年の雰囲気も意見交換などが活発になり、良くなったと記憶しています。
中央委員会を発足し、様々な活動を通して自分たちの力で成し遂げたという達成感を味わう事が出来たのは良い思い出となりました」

生徒の自覚を促すための議論が活発に討議されていました。
(昭和27年の十文字新聞より)

応援歌の誕生 (昭和35年)

7月に生徒たちに親しまれる歌をと、生徒会が全校生徒に呼びかけ、その応募作品の中から現在も唱われている「応援歌 学園讃歌」作詞・高16桜 内山(飯田)由紀子さん、「桐の花」作詞・高14桜 山田(大久保)和恵さんの二篇が選ばれました。そして竹之内敏夫先生、鈴木昭子先生の音楽担当の両先生によって作曲され9月に発表されました。

映画鑑賞の公約実現! (昭和37年頃)
~当時の生徒会長に聞く~

高16回桜 川瀬イワ子(秋元)さん 「 公約で『映画観賞を行事に取り入れたいと思います』と言ったのですが、当時の菱田先生には特にお骨折りいただいて池袋へ『風と共に去りぬ』を観にいき、公約を果たせたのはうれしかったですね。 体育館と中学校をつなぐ廊下のあたりに生徒会室があった記憶があります。
ガリ版の印刷機がおいてあり、ほとんど毎日のように生徒会室に行って、広報物をつくったり、話し合いをしたりしていた記憶があります。和気あいあいと楽しく活動した思い出があります」

十文字ペナントができる (昭和41年)

十文字の象徴として生徒会が企画、作成。運動部のペナント交換などに使用。図案は美術の菱田先生。
(ペナント寄贈 高19桂 小島直美さん)

ブルマー廃止問題 (昭和45年)

11月以前より話し合われてきた「ブルマー廃止問題」も生徒側から案が出され、解決の方向に向かいつつありました。
生徒の間で議論され、生徒によるアンケート作成と、先生との話し合いなど、生徒を経て、すべて生徒の手により積極的に進められていきました。(十文字新聞より)

短大で運動会実施 (昭和55年)
~当時の生徒会長に聞く~
高33回蘭 梅本由香(田口)さん

「昭和54年までの運動会は中高一緒に校庭で開催していました。当時2000名以上にもなる生徒が思いきり身体を動かすには少々狭いと考え、広い短大の開催を提案したところ学校側が意見を採用してくださいました」

現在の生徒会の様子 (平成20年度)

*靴下の改善について
生徒の意向で、生徒間や業者と話し合い ほぼ生徒の希望の長さになりました。
* 朝、通学路に立ち、登校してくる生徒に呼びかけ登校マナーの向上を行いました。
* ゴミゼロ運動や、種類別のゴミ箱を設置し生徒のゴミ問題の意識を高めました。
* 十文字祭展示参加
* ディベート大会初参加
* 赤い羽根共同募金
その他
そして、毎週木曜日に中央委員会の定例集会を行い、活動について活発に話し合い新しい事にも取り組んでいます。

参考資料 十文字新聞より

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